NPO法人 緑区子どもサポートセンター
   第30号 平成22年5月

〜肝試しの夜に〜


緑区子どもサポートセンターでは毎年小学4年生から中学3年生の子どもたちを対象に子どもキャンプを行なっています。
楽しいことを自分たちでいろいろ計画して当日を迎えます。
今回は小説仕立てで、キャンプの世界にみなさんをお誘いいたします。


ざざざ、ざざ……木々が不気味に騒いでいる。
さっきまで風なんか、吹いてなかったのに。
いや、それはミキの思いすごしで、さっきから吹いていたのかもしれない。
山の中のこのキャンプ場は、夏なのにけっこう冷える。

「なーに、ミキ、ビビってんの?」
隣で、やっくんが私の顔を覗き込みながら、ニヤニヤ笑っている。
小学校六年生、わんぱくざかりのイタズラっ子で、どっちかというと、苦手なタイプだ。

苦手と言えば、この肝試しっていうイベントもだ。
毎年参加するこの夏のキャンプで、必ず中学生たちが企画するイベントなのだけど、高校生以上の「大人」と小学生が一人ずつペアになり、二人で決められたコースを回るのだ。
ところどころに中学生たちが隠れていて驚かしてくる。
女の子ならまだ、冗談を言ってやりすごすことができるのだけど、中三の男の子ともなると、夏をこの肝試しに賭けている、っていう感じがして、手加減しない。
顔中を赤い絵の具(血)でべったべたにして、「だわわわ……」と言って襲ってきたり、何かの音の出るオモチャを、思いっきりパーンと鳴らしたり……

そして、何よりも怖いのは、イベント前に聞かされる「怪談話」だ。
 ――この森には昔から、伝説があってね。
ダイスケっていう中二の男の子の話は、ミキの恐怖心をぞわわわ、と煽っていった。
この森の道を深夜に歩くと、不意に耳元で声が聞こえるらしい。
一回目は何と言っているのか聞こえないのだけど、二回目にはハッキリ聞こえる。
それは、自分の名前なのだそうだ。
「え?」と、声のほうを振り返ったら最後、その人は“彼ら”に連れていかれて、二度と人間の世界に帰ってくることができない……

ミキはこの手の話が、子どものころから苦手だ。大学四年生になっても、ちっとも変わっていない。
「あー、やっぱりビビってる!」
黙っていたら、やっくんが再びからかってきた。
「ぜーんぜん、こわくないよ」
「うそつけーっ」
「あ、ダメだよ」
走りかけるやっくんを、あわてて引きとめる。
夜の森の道を走るのは、足元が不安定で危ない。
それに、ペアで一つと決められている懐中電灯はやっくんが握っているから、取り残されたらミキは一人、闇の中だ。
だけど、それよりも重要なのは……もし三分前に出発した前のペアに追いついてしまったら、せっかく中学生たちが考えたこの企画が台無しになってしまう。
肝試しは大嫌いだけど、この夜のために中学生たちが一生懸命、企画を練ってきているのは知っている。
企画を成功させてほしい、というのは、ミキだけじゃなく、このキャンプに参加している全員の思いだ。

ミキがこのキャンプに初めて参加したのは、小学校五年生のときだった。
「自然の中で、ただただ遊び続ける四日間」という触れ込みで、母親がチラシを知り合いからもらってきたのだ。
運動は苦手な方じゃなかったけど、どちらかというと友だちと集まってインドアで男子や先生の文句を言い合う、というようなことを毎日していたから、「えー、キャンプ?」と思った。だけど、軽い気持ちで参加してみた。
初めてのキャンプの思い出は、つらいことばかり。
荷物は重くて右のほうに偏っているし、テントも自分で建てなきゃいけない。
ご飯も当然、割り振られた班で自分たちで作る。
予定時刻を過ぎて完成しなくても、誰も助けてくれない。
夜は夜で、なんと、年上の男の子もいるテントで、一緒に寝なきゃいけないのだ!
……もっとも、ヘトヘトですぐ眠りに落ちたから、意識している暇なんかなかったのだけど。
とにかく楽しいことなんか何もなくて、絶対来年は行かない! って思っていたのだけど、最後の夜に行われたキャンプファイヤーでその気持ちはガラッと変わってしまった。
激しいダンスのあと、みんなで火を囲んで歌を歌い、心が一つになった気がした。
高校生や大学生の中には、なぜか、泣いている顔もあった。
そんな不思議な雰囲気の中で、火がだんだん小さくなっていって、最後はチロチロ燃える炭だけになった。
――あ、これが私の、夏休みなんだ。そんな風に思った。
小学校六年生の夏休みも、結局キャンプに参加した。
前回の勝手を知っていることもあって積極的に楽しむことができた。
つらそうな顔をしている初参加の小四・小五を見て、「へへ、つらいだろう?」と思う余裕もあった
……だが! この夏から、あの最悪の恒例企画が始まったのだ。

 「肝試し」
夏のキャンプ場の暗い夜道、なんてワクワクするシチュエーションを、中学生男子が放っておくわけはなかった。
ミキはこの夏、黒ビニール袋をかぶって斜面をゴロゴロ転がってくるイモムシ風のお化けを見て、本気で泣いてしまった。
黒ビニール袋から突如突き出された、真っ青に塗られた手に握られていたマネキンの首は、今でも忘れることができない。

それから毎夏、ミキはこの肝試しという企画に悩まされ続けている。
自分が中学生として企画側に回った夏ですら、隠れているのが怖くて、自ら道のど真ん中に立って参加者を待っていて、男子たちに怒られた。
気づけば、十年。もう、大学四年生だ。
ミキは毎年、キャンプに参加し続けている。
高校受験も、大学受験もさほど気にしなかった。
夏の四日間をみんなと過ごすことのほうがずっと、重要だと思っている。
……そのおかげで、「根っからのキャンプっ子」のレッテルを貼られ、テント設置、薪割り、火つけなどで、小中学生に指導する役割だ。
まあまあ頼られる存在になり、キャンプ技術も上がっているのは、自慢の一つだった。
(就職活動にはまったく役に立たないのだけど、「薪をナタで割れ、テントを数分で建てられる女子大生」というのは、どこのコンパに参加しても食い付きがいい。)

……ともあれ、肝試しだけが、唯一キャンプで苦手なものだ。肝試しなんて、大嫌いだ。
だけど、肝試しが無くなればいい、とは、まったく思わない。
今年、初参加した中二のダイスケみたいな子どももいるからだ。

ダイスケという変わった子が参加するというのをミキが聞いたのは、今年の六月のことだ。
彼は母子家庭で育ったらしい。
友だちを作るのも苦手で、学校にもまったく行っていない。
ミキも気にして、事前の集まりのときに話しかけてみたけど、全然返事を返してくれない。
同じテントで生活することになる班員とも、うまく溶け込めていないのだという。

困った。どうしよう……ところが、こんな心配は、大人しかしていなかった。
違う学校の、彼と同い年の中学生が、バカみたいな話を彼の前でペラペラ話し出し、すぐにグループに入れてしまった。
そして肝試し企画の話し合いで、ダイスケの隠れた才能が開花した。
彼は、驚くくらい怪談話をたくさん知っていたのだ。

黙っていたら決して見出されることがなかったものが、仲間とのふれあいの中で浮かび上がってくる。
これが、キャンプのマジックだ。これが、私たちの夏休みなのだ。
それが証拠に、(ミキにはマイナスなことなのだけど、)本番のダイスケの話は、本当に怖かった。

「あ、あそこに、ハルカが隠れてる!」
やっくんが目ざとく言った。
懐中電灯の光の向こうに、木の陰に隠れたハルカの姿が見えた。
……あーあ、やっくんの企画つぶしを、阻止できなかった。

「あはは、バレちゃったかぁ」
ハルカはそんなにバツが悪そうでもなく、照れ笑いをしながら出てきた。
なんだか、中学生のころの自分みたいだな、とミキは思った。
肝試しの楽しみ方も、人それぞれだ。それに、やっくんが見つけてくれたことで、驚きポイントも一つ減った。
ミキは少し、安心した。

そのときだ。
「……ふぁ……」
 少し後ろで、何かが聞こえた。肩のあたりがぞわっとする。
「……ミキ」
 二回目は、ハッキリ聞こえた。
「え?」
と、振り返ってしまう。――しまった! 
 ――二回目に名前を呼ばれた時に振り返ってしまうと……
 ダイスケの話が頭の中によみがえる。
「連れていかれちゃうって、言ったじゃん!」
つんざくような大声がして、ミキの両手が、ぐわっと何者かに捕まれた。
そしてそのままずるずると、ミキは林の中へ引きずられていった。

「ぎゃぁぁおっ!」
ここ十年で、一番かもしれない叫び声が、森の中に響く。
気づいたら、倒れたミキの顔を、二人の中三男子がのぞきこんでケタケタと笑っていた。
こいつら……やられた!
真黒に塗られた彼らの笑い顔の向こうには、木々の葉が見え、そのすき間から、満天の星空がのぞいている。
腰が抜けて、しばらく立てそうもない。悔しがる余裕すらない。

あとからやってきた、ハルカとやっくんも、ミキの顔をのぞきこんで笑いはじめた。
「もーう! やめてよーっ!」
これが、私たちの夏休み。今年の夏も、肝試し、大成功だ。

(作・渡辺 謙)

渡辺謙プロフィール
中学時代より当時のなかよしおやこ劇場(緑区子どもサポートセンターの前身)のキャンプなどで活躍。
昨年、講談社より作家デビュー。今月、二作目を出版予定。